ミャンマー学生医療研修 2014年9月 〜箕輪真理江さん〜

突然停電になるオペ室、手術中に動き出す患者さん、一日20件のオペをする先生と看護師さん。

川からひいている水道水、蚊帳で覆われたベット、ミャンマー語を駆使する看護師さん。 ジャパンハートさんの学生医療研修プログラムを通して、「途上国の医療現場」を実際に自分の目で見て、その雰囲気を体で感じられた事は、自分にとってとても貴重な経験になりました。今まではテレビの向こう側にあった世界がそこにはあって。その存在を知っていても、興味はあっても、どこか非現実的だったその世界に少しだけ触れることが出来て、なんだかやっと、「途上国の医療」「医療を必要としている途上国の人々」というものが自分の中で現実になり、具体化された気がします。自分の目で見ることではじめて、「さて、じゃあ実際自分はこの世界に足を踏み入れていいのだろうか?」っと考える事が出来るようになったな、っと。 その答えはまだ出ていないけれど。 答えに近づく大きなきっかけになったと思います。 「途上国の医療」はさて置き、私がこのプログラムを通して見つけた答えが一つあります。 見つけたというよりも、吉岡先生に教えて頂いた答え。それは、「”自分の為”と”誰かの為”は 表裏一体だ」ということです。 吉岡先生はよく、「自分の為に生きるべきである」っとおっしゃっています。私も日々そう思っていて。一度しかない人生、自分が面白そうだなって思えたことに、やってみたいなって思えたことに向かって進んでいきたい。私が医学を勉強しているのも、ずっと追求していける面白そうな分野だなっと思ったからです。そして、人々に必要とされている分野だから。命や健康があってこその私達だから。「ありがとう」って言ってもらえたら、なんだか自分も頑張って良かったなって、喜びを感じられるだろうから。 でも実際、医療というのは「誰かの為」にあるものです。患者さんがいてはじめて、医療が成立する。病気に苦しんでいる患者さんの為に、医師や看護師がいる。「患者さんの為に」という純粋な気持ちは、医療者が活動する上で根本にあるべきなのでしょう。「自分の為」と「誰かの為」 医療現場にはきっとその両方が存在しているんだけど、じゃあどちらの気持ちを大きく持っていたら正解なんだろう。 「ありがとう」って言ってもらえたら嬉しいから、やり甲斐があるだろうから、誰かに必要 とされたいから、医師として生きるのか。それともやっぱり純粋に「患者さんの為に」「途 上国の人々の為に」、100%善の気持ちを持って医師として生きることが正しいのか。 そんな事をモヤモヤ考えていたのですが、吉岡先生とお話をさせて頂いていた中で、だんだ んとその答えが見えてきたのでした。 「きっと先生の中では、どちらの気持ちも100%だ」と。 50%50%でもないんだなっと。 そう思ったことを先生に伝えたところ、先生はこうおっしゃりました。 「僕たちは”自分の為に生きる”べきなんだ。それは自分が幸せになる為の目的。でも、僕た ちは”誰かの為に生きること”で幸せになれるんだ。それは方法論であり手段。目的と手段を ごちゃ混ぜにしてはいけないんだ。」 「”自分の為に生きること”と”誰かの為に生きること”は表裏一体。太陽と月、光と影のような もの。どちらかが大きいというわけではないんだ。」 「自分が幸せになる為に、誰かを幸せにするんだ。」 なんだか、自分が人として志すべき生き方が見えた気がした。 答えはすごくシンプルだった。 この研修プログラムを通して、私は沢山の物事を見て感じました。 たくさんの「はじめて」を経験しました。 この経験は、今後の私の生き方に大きな影響を与えていくと思います。 何かの答えを出す時に、きっとワチェ病院で見聞きしたことを思い出す。 きっと吉岡先生の言葉が頭を過る。 このような貴重な経験をさせて頂く機会を設けてくださった吉岡先生をはじめとするジャパ ンハートの皆様、そしてHEART'sの皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。

国際協力学生団体 HEART's

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