ミャンマー短期ボランティア 2013年2月17日~20日 阿部拓朗 さん

東京慈恵会医科大学 医学科4年 阿部拓朗  

 今回、私は2/17~2/20に短期活動体験をさせていただいた。4日間で手術の見学や簡単な補助、病棟業務の見学、外来の見学をした。更に、これらの病院内で体験したこと以外にもジャパンハートスタッフと供に過ごしたお寺での生活やスタッフとの会話などから、ミャンマーについて、途上国で生活することについて、国際協力の考え方についてなどたくさんのことを学んだ。  私は大学生になり途上国を旅行するようになってから、日本で生まれ育ってきた環境がいかに世界の限られた人間のみに与えられた環境であるのかということを実感し、恵まれた環境で育った人間には世の中に何かを還元する義務があると感じるようになっていた。しかし国際医療を考える上で自分の中に抱いている疑問として、日本でも医師不足が叫ばれる昨今なぜ日本ではなく途上国で自らを厳しい環境に置き医療を行うのかというものがあった。あるとき吉岡先生の著書を読んでいると、なぜ日本でなくミャンマーで医療を行うのかと問われれば、ミャンマーで医療を行うことが自分の幸せに直結しているからと答えるという文章があった。このように感じる医療現場を自分の目で見てみたいと思い今回の活動体験に申し込んだ。  実際の現場は、私が訪れたのが手術ミッション中であったこともあるが、過酷な活動環境であった。オペ室では朝から晩まで絶え間なく十数件の手術が行われ、病棟では看護師が休む間もなく常に動き回っていた。手術は局所麻酔で行われるために手術時間を出来るだけ短くする必要があり、医師と看護師が常に次の展開に備えて行動することが求められていた。病棟では術前•術後管理が看護師を中心として行われており、看護師にかかる負担も日本の医療現場より遥かに重いように感じた。お寺にある宿舎での生活は日本の何十年も前の生活環境であるように感じられ、現在の日本の生活環境が本当に豊かなものであるのかという議論は置いておいて、日本で生活するより不便であることは明らかだった。睡眠もそこそこに毎日朝から晩まで医療を行う姿には感銘を受けた。  怒涛のように過ぎた4日間であったが、振り返ってみるとジャパンハートスタッフは息つく暇もなくひたすら医療を行っていた。吉岡先生のジャパンハートを創設した理由として、医療者がやりたいだけとことん医療を行える団体を作りたいという思いがあったと伺ったが、まさにその理念がそのまま体現されていた。今回の活動体験を申し込んだ理由に立ち返って考えてみると、ジャパンハートスタッフは最後の希望としてワッチェ病院を訪れる患者さんに医療を行うというそのことに自分の幸せを感じているのだと思った。甲状腺腫を患うある患者さんの手術を見学させていただいたが、日本では考えられない大きさであるという。その原因は経済的ものであったり、住んでいる地域に甲状腺腫の手術を行える施設がないために腫瘍を放置したことによる。この患者さんにとってジャパンハートは最後の希望なのだ。その患者さんに医療を行うことこそがジャパンハートスタッフにとっての幸せであり、その幸せは過酷な業務や不便な環境での生活を超えるもので、お金に換えることの出来ないものだからこそ無給かつ自分のお金をつぎ込みながらもこの病院で活動しているのだと感じた。  自分の将来のキャリアを考える上で今回の活動体験は非常に貴重なものとなった。また、医師という職業への憧れが更に強くなった期間でもあった。短期でジャパンハートの活動に参加されていた後藤先生と一緒にワッチェ病院に到着したが、先生は到着した翌日には手術室でメスを握り甲状腺腫の摘出手術を行っていた。医師の知識や技術は国境を越えても一人の人間の人生をつなぎ豊かにできるという現場を目の当たりにし、とても感動した。自分は将来、医師として働く上で何に幸せを感じ医療を行うのか。今後も幅広い現場を自分の目で見て確かめ、医療の届かないところで最後の希望として医療を行うことが自分の一番の幸せであると感じた時、またこの場に戻って来たいと強く思った。  最後になりましたが、吉岡先生、八木先生をはじめとするジャパンハートスタッフの皆様、お忙しいところ様々なご指導をいただいき本当にありがとうございました。 

国際協力学生団体 HEART's

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